深夜の公園でブランコを揺らしていて、その前に苦手な犬がいる。
明代は自分でも変なシチュエーションだなあと思いながらも、好奇心が、犬嫌いも眠気もどこかへ押しやり、ずっとその奇妙な犬に話しかけていた。
「で、人の言葉が分かるのって、どんな感じ?嫌じゃない?便利?」
「別にどうってことないよ。それに、俺以外の犬や猫も、みんな分かってんじゃないのかな。そんなこと話したことないけどね」
「それはないでしょ。 だって、分かってるんだったら、もっと要求とか、ほら、意思疎通ができるはずじゃない?」
「疎通って、君ら人間がこっちの言ってることが分からないんだから無理だね。それに、話し合えたとして、俺ら犬や猫が何か要求したら聞いてくれるのかい?」
「あ、そっか。一方通行なわけね。話し合えたとしても人権?犬権?法律で権利を尊重して・・・そしたら納税の義務が・・・お金儲けは・・・。あ〜〜ややっこしいね。でもさー」
と、話し続ける明代を、クロの大きなあくびがさえぎった。
「俺さ、見ての通り犬だろ?猫じゃないから夜行性じゃないんだ。そろそろネグラに戻りたいんだけど・・」
「あ、ごめんごめん。もう夜が明けちゃうね。なんか、あたし興奮しちゃってさ。だって、犬の言葉が分かっちゃうし、あんただけかもしれないけど。それに、犬は苦手なのにあんたはだけは不思議と怖くないのよね。これってさー」
さらに続ける明代を、今度は大きな衝突音がさえぎった。
ぱっとその方向を見る一人と一匹。
「事故だ」
同時にそう言って、公園の入り口辺りへ駆け寄った。
道路の中央に車が停まっている。が、明代とクロが近づくと急発進して走り去ってしまった。
そのあとに、黒っぽいものが見える。
『ひき逃げかもしれない。たいへんだ。どうしよう』足がすくんだ明代をよそに、クロがその物体に近づいて、小さな声で言った。
「あぁ、タヌキだ。こりゃひでえや、即死だな」
そう言うと、クロはその死体の首あたりに噛みついた。
「きゃ、あんた何するの?食べないでよ!怖い」
クロは、恐れる明代を無視したまま、くわえたたぬきの死体をひきずり、公園の植え込みの中で放した。
「俺ら犬の死体は保健所さまが処分してくれるけどさ、たぬきとかは放りっぱなしだからね。このまま道路に寝かせておいたら、どんな姿になるか知ってるだろ?」
クロの行動の意味が分かった明代は、その死体が人間じゃなかったことにほっとした自分を恥ずかしく思った。そして、犬の行動に感心した自分を一瞬恥じたことを「ううん。恥ずかしくない」と思い直した。
明代は辺りを見渡し、木片を見つけると、それで公園の植え込みの一番奥の方の地面を掘り出した。
「埋めてあげるね。これくらいのことしかできないけど」
クロは黙って明代の行動を見ていたが、しばらくして明代に近づき、
「人間は愛していたペットが死んだらこうやって埋めるそうだね。こいつは野生だろうから、誰かに愛されていたわけじゃないだろうけど、こうやってもらえるのは、少しは幸せなのかな」
「幸せじゃないよ。こうやって殺されて・・・ごめんねごめんね」
クロがたぬきの死体を穴に入れると、明代が土をかぶせた。
明代は、今できあがったばかりのたぬきの墓標に手を合わせ、目を閉じた。
「君、いいやつだな」
涙の跡が光る、明代の横顔を見ていたクロがそう言うと、明代は
「あんたもね」そう言って、はにかんだように微笑んだ。
「じゃあ、俺、そろそろ帰るね。君はきょうも仕事だろ?大丈夫?」
「うん。ありがとう。また、どっかで会えるといいね」
「ああ、俺はいつも深夜にはこの公園に食料を探しにくるから。君も、いつも週末にはここに来てるのを知ってるよ」
「え?前から知ってたの?ということは・・・ばか!すけべ!」
いきなり恥ずかしくなった明代は、思わずクロに平手打ちを見舞った。
「わ。すぐそうやって暴力を振るう。動物愛護精神が足らないね」
クロがおどけてそう言うもんだから、明代は思わず笑った。
「今度来るときは一人で来るわ。また、たくさんお話しましょうね」
クロは、わざと犬の声で「ワォーン」とひと鳴きすると、人間が「じゃあね」と片手を挙げるように尻尾を挙げると、公園をあとにした。
つづく。
純愛小説 明代とクロの物語 その3
作:akiyo