「どうしたの?!」 明代は驚きのあまり、周囲も気にせず大声を出して、クロを部屋に入れた。

喧嘩さ。奴らに絡まれてね。たいした傷じゃない」 クロの声は、そのおびただしい出血の量には比せず力強い。その様子に明代は少しだけほっとした。

「でも、こんなに血が出てるよ。ここには何もないから、お医者に行こう」

あぁ、うん」 クロには『いや、医者はいい』とか言っても明代が放っておいてくれるはずがないのは分かっていたから素直に従った。ケガの理由もそうだ。『ちょっと転んでね』などのウソが通用するはずがない。ヘタなウソは明代をよけい心配させる。肝心なのは、明代を関わらせないことだ。『それとも俺があいつらを完璧に叩きのめすか・・』と考え、手加減したことを悔やんだ。

 クロがそんなことを考えている間に、クロの体中はタオルやらでグルグル巻きにされていた。

「さあ、早く。車で行くよ」 そう言って急かす明代の服はクロの血で真っ赤。お気に入りのシャツもスカートも鮮血で擦ったように汚れている。

アキヨ。その服・・」 とクロに言われて気づいた。

 明代はちらっと自分の服を見下ろしたが、「そんなこといいから」と言うと、ドアを開け、クロを連れて駐車場へ急いだ。

 車中、クロは明代からの質問にどう答えようか慎重に構えていたが、明代はずっと前方を見たまま運転に集中している。時おり「こっちの道のほうが近い」「前の車、遅いなあ」と独り言を発するだけ。気を張っているのか力強くもみえる。時々甘えん坊になる明代とは違う横顔に映った。

 診療時間を少しオーバーして訪れた動物病院では、初老の医師が少し迷惑そうな顔で現れた。しかし、明代の切迫した表情と血のついた服を見て、態度が変わった。「大切なペットがケガされたんですね。早くこっちへ」と、診療室に二人を入れた。
 医師は、クロの全身をくまなく厳しい表情で診察したあと表情を和らげ、、「犬同士の喧嘩による噛み傷ですな。どれも深くないからたいしたことはないと思いますよ。念のため化膿防止の注射をしておきましょう」と言って、塗布薬の抗生物質をくれた。帰り際に「首輪しといたほうがいいですよ。野犬と間違われますからね」というお医者に丁重に礼を言って病院をあとにした。

「よかったね、クロ。たいしたことなくて」 安心して緊張から解放されたのか、明代の声がいつものトーンに戻っている。ハンドルを握る手が少し震えているようにも見えた。

「あの3匹、街にいたのね。でも、どうして喧嘩になったの?あの3匹はクロのどこが気に入らないの?」
 
俺がキムタクに似てるのが気に入らないんだろ

「・・・・3点」

それは冗談として(わかってる)、喧嘩の理由は・・・高級レストランの残飯の奪い合いだ。俺の縄張りだったのに、あいつらが割り込みやがって

「それで、喧嘩になったの?」

うん。でも、さすがに1対3では勝てないなぁ。縄張りを譲ってやって、許してやったぜ

「あはは。許してもらったでしょ? でも、それでいいよ。ケガなんかさせられたら損だし。クロはそんなとこ行かなくても、あたしとこで食べればいいんだし。それに、喧嘩なんか弱くっても、クロが好きよ」
 
あはは、ありがと。でも、用心のために明代は今まで通り車で通勤しなよ。あいつらは決して紳士な犬じゃないからね。明代が噛まれたりしたら大変だからね
 
「うん。分かってるよ。でも、クロのケガがたいしたことなくてよかった。安心したら、なんか力が抜けたよぉ。 あ!スカートが血まみれじゃん!どーしてくれるのよー。弁償してよね」 と怒った真似をしている明代の瞳は潤んでいる。本当にうれしそうだ。 

 『
よし』と、クロは思った。明代に言ったことは全部ウソだ。
 あの3匹はすでに街に来ていた。クロは彼らを誘導しようと、事前に自分の匂いをアパートとは反対側に残しておいたが、すべては徒労だった。彼らは明代の匂いだけを追っていた。そして、ほぼアパートの近くまで嗅ぎつけていた。それを見かけたクロが、明代には手を出すなと警告したのが喧嘩の発端だ。
 クロは決して喧嘩は弱くない。本気で襲ってくる3匹を相手に軽傷で済んだのがその証拠だ。3匹を相手に同等の、いやそれ以上の深手を負わせたが、観念した様子はなく逃げられてしまった。『今度会ったら本気で痛めつけてやるか』と、自分の力を決して過大評価することなく冷静に考える。だから、明代に『喧嘩の弱い犬』と思われることは少しも気にならない。それよりも明代が安心して笑顔でいてくれることの方が価値があると考える犬だった。

 アパートに帰った明代は、数時間前とは打って変わり、冷静で現実的な行動に追われた。アパートの敷地内から部屋の前に点在するクロの血を水で洗い流したり拭き取ったりした。管理人に気づかれるとまずいからだ。
 一段落して、ようやく二人は部屋に入った。
 ていねいに包帯を巻かれたクロは、いつものソファーのうえに身を委ね、小さな傷ができた前脚を舐めている。包帯に血は滲んでいない。もう出血は止まったようだ。明代は下着姿になって汚れた服を洗濯機に入れている。

「何も食べてないんでしょ?お腹すいた?テーブルに用意してあるから先に食べてて。あたしは先にお風呂入ってくるね。クロは、しばらくお風呂に入れないね」 そう言いながら下着をとる明代をクロは、じっと見つめている。スケベ心ではなく『
こんなにやさしい女を傷つけさせてなるものか。絶対に俺が守る』と改めて思った。
 しかし、緊張から解放された明代はクロの気持ちもおかまいなしで、弾んでいるようだ。

「あ。エッチ犬だ!また人の裸をじっと見てる」と、おどけて、週刊誌のグラビアのようなポーズをとってみせる。

「ここが見たいのかな?それともここ?ほらぁ」 馬鹿なことをやってて、逆に自分が感じてしまいそうなことに気づき、あわててバスルームへ飛び込んだ。、
 結局、クロは明代が風呂からあがるのを待ち、いつものように一緒に、しかしかなり遅い夕食をとった。そのあとベッドに入るのも一緒。もちろん、クロがケガをしてるのでいつものように交わることはできなかったが、ふたりは十分にお互いの愛を確かめ合えた。
 子供のようなあどけない表情でスヤスヤ眠る明代の両手は、クロの左前脚をしっかりと握っている。時おり、「だいじょうぶよ、クロ。だいじょうぶ」と寝言。クロは明代が眠りにつくまでまぶたや手にやさしくキスしていたが、明代が寝入るのを確認すると、自分も安心して深い眠りについた。
 
 アパートの外には、あの3匹がいた。洗い流したはずでも血の匂いまでは消せなかった。3匹はとうとう明代のアパートにたどり着いた。その野犬たちの目は、クロへの復讐と、明代への獣欲でぎらぎらと燃えていた。


                                          つづく。  


純愛小説 明代とクロの物語(獣禍編) その4

作:akiyo


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